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Syowa40 テレビ・映画

くしゃみひとつで

令和の町では、素顔でくしゃみをすると、

白い目でジロッと見られてしまうとか、

しまわないとか・・・。

ちょっと前は、

加藤茶さんのくしゃみだけでも笑えた。

志村けんさんの頭の花がバカっぽいのが良い!

だがしかし、

まさか、志村さんで、笑うことはあっても、泣くことがあるなんて・・・。

子どものころ、

くしゃみをすると魔王が出てきてほしかったなあ。

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ハクション大魔王のハンバーグの食べ方がめちゃくちゃおいしそうだった。

いまだに、ハックション ってくしゃみをすると

大魔王ー♪って歌ってしまう。

似合わない年頃

このご時勢の流行している音楽や文化がだんだん、分からなくなってしまい、

日曜日は山下達郎さんのラジオ番組を聴くことが多い。

サンデーソングブック

山下さんの選ぶ、懐かしい、良質なオールディーズが耳に心地よいのだ。

番組に、ゲストで、奥様でもある竹内まりやさんが登場されることがあり、
その中で、80年代のアイドル歌手 岡田有希子さんに提供した曲を竹内さん自身が
セルフカバーされた作品も流されていた。

ママの選ぶドレスは、似合わない年頃よ♪

-Dreaming Girl- 恋、はじめまして/岡田有希子

ああ、この人が作っていたんだ!

女の子は精神的な成長が早いので、10代も半ばになると、おしゃれや恋にも目覚めて

親の言うことがうっとおしくなってくるのだろう。

そういった心情を、かわいらしくポップに仕上げる竹内さんのセンス。

竹内さんが歌うと、アメリカンな雰囲気になるのだなあ。

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そういえば、岡田有希子さんの菩提寺が、近所にあると聞いたことがある。

そこで、バイクに乗ってドンブラコとたずねてみた。

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菩提寺は愛知県愛西市

佐屋町の成満寺(じょうまんじ)。

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岡田有希子さんの

本名は佐藤佳代(さとうかよ)さん。


1967年 - 1986年

1986年 4月8日

亡くなられたのは18歳・・・。


戒名は「有楽院釈尼佳朋(ゆうぎょういんしゃくにかほう)」。
有希子の有、音楽の楽、本名の佳代の佳から一文字ずつ取って、
"みんなに愛されたアイドル"を意味する朋の字を入れたものそう。

まさか、この自分が、芸能人のお墓参りするとは・・・。

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亡くなったのは、飛び降り自殺だったのだけど、
この当時、彼女のファンも、そうでない人も連鎖的に
あちこちで若い命を落としてしまうという事象が相次いだ。

時期的に春で、
陽気な季節とは裏腹に、
社会には新しい環境、学校や、会社などになじめなくて

落ち込んでしまう人だって、少なからず居たのだった。

当時、夕方のニュース番組で、キャスターの幸田シャーミンさんが、
命を大切にしてくださいと訴えかけていたっけ。

大人になると、どうにもならないことは、
"逃げる"という選択肢を取ることがある。

もしくは、"辞める"も。

ただ、彼女は、
逃げるということを選ばずに、自らの命を絶ってしまった。

慰霊碑には、こんなメッセージが書かれている。

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もしも ゆっくり休みがとれたら
油絵を描きたい
ファーストビデオで行った
スイスの山々を
まっ白なキャンバスに描きたい
幼い頃
どうしても画家になりたかった私
いま素顔の私に戻って
キャンバスに色をほどこしていく時
いいようのない 安らぎを覚えるのです。

真夜中のスーパーカー

NHKのBSで放送された

愛知発地域ドラマ

真夜中のスーパーカー

http://www.nhk.or.jp/nagoya/supercar/

トヨタ自動車ならぬ、ナゴヤ自動車、

ヤマハ発動機ならぬ、ハマヤ発動機、

ニッサンならぬニッシン

と、少しづつ名称をいじられているのが、いかにも公共放送らしい。笑

モスラーや モスラー

越路吹雪さんの半生を描かれたドラマ

『越路吹雪物語』

こちらに双子のアイドル歌手 ザ・ピーナッツが登場するシーンがあった。


もちろん、本人ではないけど・・・。

キューバの映画

「ブエナ☆ビスタ☆ソシアル☆クラブ」という音楽ドキュメンタリー映画がある。


ヴィム・ヴェンダース監督で、親交のあったギタリスト、ライ・クーダーが、

1997年にキューバのミュージシャンたちと製作。


キューバというと革命家チェ・ゲバラと葉巻と野球が強いっていうイメージしかなく、
ラテンの世界はまったく知らなかった。


世界的ギターリスト、ライ・クーダーとヴィム・ヴェンダースが
キューバ音楽に魅了され製作した音楽ドキュメンタリー作品。

この映画に登場する、じい様の鮮やかなシャツの着こなしや帽子の被り方のスタイリッシュなこと!


80才を過ぎても、
「英語はしゃべれないから、これから勉強しよう」
とサラリと言ってのける若々しさ。

個人的に「Chan Chan」が耳に残った。


こういうラテンミュージックって、一頃、
場末のコーヒー専門店でよく掛かっていたような気がする。

ブルースともジャズとも違うので、イマイチ日本では浸透しにくいジャンルだけど、
どことなく郷愁を誘う。

そんなキューバの服にキューバシャツがある。


スペイン語で「グァジャベーラ」と呼ばれるキューバシャツ。

キューバでは正式な伝統服として親しまれている。

そんなシャツを私も持っている。(笑)

パッと見るとふつうの白いシャツだけど、
よく見ると、プリーツが入っていて
日本では、あまり見かけないし真新しくていいなと思って、それ以来、
夏になると、ちょくちょく着たりしている。

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綿とポリエステル素材なので、洗濯でザブザブ洗えるし、すぐに乾くし
シワにもなりにくい。

そして、礼服であるならば、失礼にはあたらないはずだと思う・・・。

アメリカンカジュアルがアメカジ、フレンチ(フランス)カジュアルがフレカジ、
イタリアンカジュアルがイタカジなら

キューバカジュアルはキュバカジと呼べばいいのだろうか?

ゴジラ ゴジラ ゴジラがホラ出たぞ!

怪獣映画の原点ともいえる1954年制作の『ゴジラ』を見た。

さすがに60年も前の映画だから、見る前は、ちゃちな特撮なのかなと思いきや
白黒であることがかえって迫力があり、
円谷英二氏の特撮技術、伊福部昭氏の音楽が
ゴジラの重厚感をうまく表現されていた。

ゴジラは放射能を吐くと背びれが光るしかけも、当時からあり、とても感慨深かった。

主演の宝田明さんは目鼻立ちがはっきりしたハンサムであり、
現在でも俳優活動をされており、美形の俳優さんは永遠だ。

第二次世界大戦終戦は1945年(昭和20年)。
8月14日にポツダム宣言を受諾し、その翌日の15日に大東亜戦争(太平洋戦争)で
日本の降伏を国民に玉音放送で伝えられ8月15日を「終戦の日」としている。

昭和29年11月公開ということで、
まだ、特撮とか、怪獣映画っていうカテゴリー分けもされていない頃に公開されている。

戦争が終わってから、9年後に公開されているということで、物語の端々に、
まだまだ戦争の爪痕を色濃く残していることを感じさせるセリフが散見される。

「ああ、また疎開か」

"また"である、まだまだ戦後が間近だったのだ。


「せっかく長崎の原爆から逃げられたのに」

"長崎の原爆"これも、原爆の恐怖を見事に表現している。


「もうすぐおとうさんの元にいくのよ」

"おとうさんの元"つまり、戦死された夫のことである。

現代では規制のフィルターに通過できないだろう。

出演者、スタッフのほとんどの方は、戦争を体験されていることだろう、
ゴジラを見る目線が、まるで、空襲を恐れて避難する人々に見えてリアルなのだ。

物語は、人類の進化のための水爆実験が繰り返され、
それが元で、深海で眠っていた恐竜が突然変異を起こし、
ゴジラとしてよみがえり、船、家屋、戦闘機と、目にするものを破壊しまくる。

人々を襲うゴジラだが、それは人類の視点から見た側であり、
自分の棲息している場所の安全を揺るがされるという点では
ゴジラは被害者である。

このような単純明快は勧善懲悪では片付けられないというテーマは、当時からあったのだ。

これは戦争でもそうだが、
敵対国だから、悪ということではなく
戦争自体が悪である。

人類に甚大な被害を及ぼしたゴジラだが、
最後は、原爆や水爆を上回るというオキシジェン・デストロイヤーという
「水中酸素破壊剤」という装置でゴジラは殺されてしまう。

最後に、断末魔の苦しみを見せて、白骨化し消えていくゴジラがなにかを言いたそうに見えたし、
オキシジェン・デストロイヤーを発明した芹沢博士も、自分が生き延びてしまえば、また同じ過ちに利用されてしまうと感じていたのだろう。
自ら命綱を断ちゴジラとともに
死を選択するという心境は、
まさに、原爆や水爆、戦争という人類の間違った欲望の象徴であり、
同じ失敗を繰り返してはならないというテーマを感じさせられた。


映画『生きる』で有名な俳優 志村喬さんの「あれが最後のゴジラとは思えない」
というセリフで締められるが、そのあとのゴジラは、そのとおり、シリーズ化され
こども向けのヒーローとなる。

私がこどものころ、親に連れられて『キングコング対ゴジラ』を見た記憶がある。

たしか、"東宝チャンピオンまつり"という、他のアニメなどの同時上映された映画のひとつだった。
それも、上映中の途中から見たものであり、小ささすぎて、よくおぼえてない。

そして、反戦、反核というテーマのない大衆に迎合したゴジラは、当のこどもが見ても、"こどもだまし"にしか感じられなくなってしまった。

どちらかというと私は、自分も変身できるのでは?と思わせてくれる等身大ヒーローのほうに夢中になり
特撮から、アニメ、成人するにつれて、そのどちらも見なくなっていき
ほとんど、ゴジラを見ることがないまま、ここまで来てしまった。

そう考えると、昭和の後期版のゴジラは、有名な割には受け入れられる対象が狭かったのではと思える。

しかし、今、もしゴジラが出るならば、長引く不況、閉塞感、まちがいだらけの政治がまかり通っている国会議事堂を破壊してくれないかなあ。

おとなになり、ヒーローになれないと分かると、怒りに任せて暴れまわり、人類に警鐘を鳴らす必要悪の権化、ゴジラが恋しくなってくる。


題名のわからない"みんなのうた"

小学校の頃、給食の合間に
よくかかっていた歌があって

なにぶん、学校の設備だし、質もよくなかったから、
よく聞き取れていないと思うのだが
何だったかなあ?って歌があって
1.「勇気がぼくにささやいた~ ○○○な がんばれとー」


2.「寒くてつらくて こごえそうな  ???? さあ、歌おうよ。みんなで春を待つ歌をー」

このほかにも、たくさんあるはずだけど、なにしろ、もう30年も前のことだから
思い出せない。

それで歌詞を検索してみた!

1は「勇気の歌」

みんなのうたのサイト


アンパンマンでおなじみのやなせたかしさん作詞ということで、
二度ビックリ!

作られたのも、60年代の中盤だったようだ。

こんな古くから、変わらず子供向けの創作をされていたとは恐れ入る。

それで、おそらく、他の歌も「みんなのうた」だったんだと気づくが、
2はいまだに探せず・・・。

そうしたら、他でも探されている方が質問サイトでもいたりして

ああ、同じようなことしている人っているんだなあと思った。

おそらく、古めのみんなのうたのアルバムを買い漁れば
探している歌も見つかるんだろうけど、
Amazonでみんなのうたがアルバムごとに視聴できたら、
気に入ったベストだけ購入できるんだけどなあ。

なんで、こんなことを思い出させられたかというと、
姪が、今どきの給食の時間は、K-POPだとかけっこう自由にかかっているらしいんだとか。

それで、私が小学校の頃は・・・と
昔のことが思い出したのであった。

歌のほかにも、たぶん、童話の朗読もあったような気がする。

断捨離とかって、ちょっと前に、流行ったけど、

もう人生も半分近く来てしまうと、

新しいことよりもむしろ、
記憶を辿って
あれってなんだったっけー?
という過去のかけらを探すほうが多くて
むしろ捨てないでよかったーというものがあったりする。

だから、ブームは、まず疑ってみる。笑

日本のDJのさきがけ

有名なDJに小林克也さんがいる。

小林さんは、72年~73年に『アフロレイキ』という黒人音楽のカフェバーでDJをしていたそうで。
まさに、日本のDJ(ディスクジョッキー)の始祖ともいえる。

そんな小林さんがパーソナリティを務めていた『ベストヒットUSA』

1981年4月4日に開始し、1989年9月30日に終了した。

まるごと80年代の洋楽シーンを象徴する番組だったのだ。


「アメリカでは今、こんな曲がはやっているんだー!」

「おお!この曲はカッコいいな」

というように、番組をVHSで録画しつつもリアルタイムで見ていた。

番組内で紹介される曲名、アーティストをメモして
レンタルレコードショップ(CDレンタル)に行っては、レンタルして
カセットテープにダビングしたものだった。

そんな、青春の1ページを彩り、いまや忘却の彼方に行ってしまっていた
洋楽情報番組だが、なんと!いまでもリバイバルされて放送されている。

http://www.tv-asahi.co.jp/besthitusa/

パーソナリティは小林さんのまま。

それは、番組制作を担当するスタッフのある言葉がきっかけだという。

81年に放送が開始した、カーグラフィックTV、ベストヒットUSAは、
当時の若手スタッフのアイディアからスタートしたのだそうだ。

そして、その頃に若手スタッフだった彼らが、編成部長と出世し、
ベストヒットUSAとカーグラフィックTVを復活させる。

今は、公式に音源の販売会社が動画サイトでかんたんに新曲を試聴できるようにしてくれていたり、
テレビの前でわくわくしながら、番組を楽しみにしていた頃とは違う。

しかし、2000年代に入ってからというもの、
制作側も、もう面白いコンテンツを作れるネタが枯渇してしまったという事情がある。

本物の良いコンテンツは、時を越えても通用する。

なので、20年前の本物はやはりすごかったのだと再認識し、
復活にいたったのだという。

復活させる前に企画したCD「ベストヒット'80s」が発売当初、
5~6万枚程度、売れれば良いかなと
思っていたら、ふたを開ければ、30万枚も売れたのだとか。
それが復活の起爆剤となったのだ。

TVのCMや街中でも、狙っているかのように80年代のなつかしめの曲がよく使われる。

企業でも、お金を使える立場の人というのは、
40代から50代なのだ。

つまり、その世代にターゲットをしかけてマーケティングしているのである。

「シック」、「クール&ザ・ギャング」、「シャラマー」など、
70年代、80年代にディスコで遊んでいた世代が、自分たちの全盛期に
かかっていた曲がかかりだしたとたんに当時の血が騒いでしまうというわけだ。

80年代は日本が元気だったし、
お金を湯水のように使う若者が多かった。

女性雑誌のJJ世代、アルマーニなどなど、
バブル世代がイケイケな中、
その下の世代の、小学生、中学生までもベストヒットUSAを楽しみにしていたのだ。

80年代のディスコサウンドは、とてもゴージャスで
ギター、ドラム、パーカッション、シンセサイザーがオシャレで音が良かったのだ。

現代の音楽は、打ち込みが多用されていて、いまひとつ迫力に欠けるのである。

プロモーションビデオ(PV)もマイケルジャクソンは、
一本の映画が作れそうなくらいの莫大な資金、一億円もかけて
ショートムービーのように撮影したりと広報活動にお金を使っていた。

インフェルノという編集ソフトをはじめて使ったのもPVで、80年代の後半は、
音楽は目で楽しむものという感覚だった。

10代の敏感な少年、少女も、「良い物は、時を経ても変わらない」
と認識しており、自分たちが生まれてもいない80年代の音楽をかけても好印象だそうだ。

そんな彼らの親が、その当時の曲を口ずさむと
どうして、その歌をしっているの?ということも多いそうだ。

昭和世代にとっては懐メロでも、平成世代には新曲になるのである。

そのため、親子の間で80年代の洋楽を話題にしても、
そのときだけは親離れしたい年頃の子供でも、あまりうざったいと感じないのだという。

80年代のPVは、映画『フラッシュダンス』などに代表されるポップで分かりやすい曲が多く、
その映像と、音楽から、当時、つきあっていた彼氏、彼女との思い出がよみがえってくるという。

レコードの頃はカセットにダビングするのがやっとだったが、
CDが普及してからは、自分のセレクトした曲を厳選して
勝負用にムード満点のBGMテープを作った方もいることだろう。

「この曲がかかるころは夕方だから、プレゼントを渡してと・・・(どきどき)」

80年代は"六本木のカローラ"と称されていたBMWが流行っていたが
本当はアメ車に乗りたかったという男性も、お金が自由に使えるようになってきて
良い物件があれば、乗ってみたいという見込み客も居るそうだ。

ファッションについても、20年で一周するといわれており、
10年前だと、ダサいものでも、20年前だと、見慣れないせいもあり、カッコよく見えてしまうのだ。

10歳程度の年齢差だと反発してしまうことでも、
20歳も年齢差があると、意外とウマがあって仲良くなることも多いのだとか。

番組宛てに「いつも、父と見ています。80年代の曲が好きなので、もっとかけてください。」
という中学生からのリクエストも届くのだとか。

ホイットニー・ヒューストン、カイリー・ミノーグ、リック・アストリーのようなポップス、
ローリングストーンズ、シカゴ、スターシップ、TOTO(トイレではない)のようなロック、
クイーン、エアロスミス、KISSのようなハードロックなど




たとえ好きなジャンルが違っていたとしても、、やはり、80年代の曲を耳にすると
時代の空気感を思い出し心地よかったりする。


たどりついたらいつも雨ふり

70年代は、今のように
数える程度のヒーロー番組ということはなく

有名無名どころから、
いくつもの作品が放送されていた。

そんな中、1974年に月光仮面でおなじみ
川内康範原作の「ダイヤモンドアイ」の後番組として「電撃!!ストラダ5」がスタートする。





国際的犯罪組織に対して結成された
国際警察の秘密チーム男性四人、女性一人という構成で、放映当時は、
東映制作の秘密戦隊ゴレンジャーなどで有名なスーパー戦隊シリーズすらもはじまっていない頃である。

まだ、今のように、途中で追加戦士が投入されるとか、決着は巨大ロボットでとどめをさすとかそういったルーチンな流れすらもなく、
良い意味で型にはまっておらず、
荒削りながらも限られた予算の中で面白く作ってやろうという作り手の気概が感じることができる。

30分番組なので、子供向けのヒーロー番組なのだろうが、変身するのではなく、私服から戦闘着に"着替え"て戦うのである。

特撮というほど、特殊な効果もなく、キレのある肉弾戦がメインで無国籍アクションというジャンルなのだろうか。

出演が日活アクションシリーズで「エースのジョー」として知られる宍戸錠氏=高村輝次郎/ジュピター、
渋い演技力で定評のある地井武男氏=殿村幻次郎/オリオン(ストラダ2)、
番組放送後に「仮面ライダーアマゾン」で主演することとなる岡崎徹氏=堀田貫介/ペガサス(ストラダ1)
「飛び出せ!青春」などの学生役などで活躍する剛達人氏=竹中一念/アポロ(ストラダ3)、
前年に「ワイルド7」で主役を演じた小野進也氏=宝木正/ルナ(ストラダ4)、

そして、主題歌を担当されているのは、
"ワルサア ピイさんじゅうはち~ このてのお なかにいーい"
「ルパン三世」の主題歌を担当されたチャーリー・コーセイ氏。

世界征服を企むビッグノヴァの首領ミスターアスモディの声を、"悪役の中の悪役"、飯塚昭三氏が充てている。

当時では、豪華なキャスティングであろう。

ただ、その中で、ヒロイン、星カオリ/アンドロメダ(ストラダ5)を演じる、山科ゆり氏だけは、経歴が分からず、「薄幸そうなクールビューティなこの方は何者だろう?」と気になって、調べたところ、なんと、当時、ロマンポルノ女優だと知る。

たしかに、現代の戦隊モノでも、元AV女優が悪のヒロインとして登場することはよくあるが、
現役で子供向け番組でヒロインを演じてしまうという、ぶっ飛んだキャスティングである。

制作当時の日活は、もう、かつての無国籍アクションシリーズや青春モノでヒットを飛ばした"にっかつ"ではなく、低予算な成人モノで糊口をしのぐ「日活ロマンポルノ」の時代であった。

登場人物の顔と名前もそろそろおぼえたかなあと思った頃、悪の首領も、正体は分からないまま、プツンと終わってしまう。

当時のことはよく分からないが、なにかのつなぎとして作られた番組のようである。
視聴率による打ち切りという事情ではなく、人気があろうとなかろうと、この番組は1クール全13話、放映開始時にはすでに撮影が終わっていたそうである。

顔出しのヘルメットと戦闘服というチープなコスチューム、市販車にステッカーを貼っただけのマシン。

子供向けのおもちゃすらも出ていなかったと思う。

さて、山科ゆり氏の存在感がどうも気になり、かつて出演されていた映画を見てみた。

「濡れた荒野を走れ」という73年作のロマンポルノである。

この作品でも、地井さんと共演しているので、さらに驚かされる。

晩年のお人よしで、人懐っこい地井さんでなく、
ギロリと眼光鋭い刑事を熱演している。

脚本を、後に「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」を監督することとなる長谷川和彦氏が担当、監督の澤田幸弘氏も、「太陽にほえろ」「西部警察」といったハードな刑事モノを手がけられており、

単なる成人映画ではなく、"やるせない公僕(刑事)の行き場のない衝動"、"火遊びに憧れる青い性"といった描写も見事に表現されている。

また、作品内で鈴木ヒロミツ氏率いるモップスの名曲「たどりついたらいつも雨ふり」が、とても効果的に使われる。




当時の、円柱状のサイレンのパトカー、黒い固定電話、トランジスタラジオ、反戦運動、アングラ劇団といった風俗やアイテムも見ていて楽しめた。

70年代というと、どうもほこりっぽく、60年代のように、ただアメリカに憧れていたピュアな感性がくもり、オイルショックでしらけてしまった貧乏くさいイメージがあるかもしれない。

だけど、なぜか引き込まれてしまうのである。

ファッションやカルチャーは20年ごとに繰り返すというので、90年代もたしかに、ロングヘアの男性や、ベルボトムまでは行かないけど、ブーツカットの裾広がりのジーンズもリバイバルした。

ということは、また、そろそろリバイバルするかもしれない。


不世出の武道家、その名は

前回マッドマックスの記事を書いていて、

実際に、マッドマックスの映画を3作品全部見た。

マックスの敵が北斗の拳の敵に見えてしまうのは

僕だけだろうか。

マッドマックス⇒北斗の拳⇒ブルース・リーと

連想してしまうのは僕だけだろうか。

ケンシロウの「アッター」と

ブルース・リーの「アチョー」はもはや同義語では?

今ブルース・リーが生きていたら70歳だ。

しかし彼は絶頂期で亡くなったこともあって

伝説の人になった。

彼の人気は未だに衰えることはない。

昭和40年代のブログ-ブルースリーの決定版

インターセプターと言えば?

フォード・ファルコンV8で600馬力。
 
インターセプターと言えば?
 
そう、映画マッドマックスの主人公マックスの愛車。
 
僕が、マッドマックスを映画館で見たのは
高校1年の時。
 
だから、もう30年前になる。
 
それでもマックスがインターセプターで暴走族
を追いかけるシーンは今でも強烈に残っている。
 
僕らと同世代の人にマッドマックスファンは多いと思う。
 
実はそのマッドマックスに新作があるとか。
 
どんな映画になるか楽しみだ。
 
 

プロフィール


昭和40年代ブログ管理人プロフィール画像

昭和40年代



  • 性別:男性
  • お住まいの地域:愛知県
  • 自己紹介: このマークは文字で構成されています。 お時間のある方は解読してみよう! どうしても分からない人は、ここにヒントがあるよ。

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