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こだわりの音楽とファッション

無いのなら 作ってみよう ぬのマスク

令和の二年目の卯月

巷の薬局、薬店ではマスクが手に入らない状況が続く。

にっちもさっちもどうにもブルドッグ

BY フォーリーブス

と言わんばかりだ。

そんな中、兵庫県の老舗の下着メーカー、

「もちはだ」シリーズでおなじみワシオ株式会社さまが、

靴下を作る際に発生するゴムをマスクのゴム紐に代用することで、

手作りマスクを提唱されていることを知る。

https://www.mochihada.co.jp/fs/mochihada/07009

本来なら、捨てられてしまうであろう箇所を、簡易マスクの部材にできるという発想が好評で

近所の方に無料で配布されていたそうだが、

あまりの評判で、送料を負担ということであれば、全国に発送していただけるとのこと。

こういうリサイクルで脚光を浴びるって素晴らしい。

子どものころ、パンの耳をカリカリに揚げて砂糖をまぶしたおやつが好きだったことを思い出す。

マスクの本体は、手持ちのハンカチなどを使用する。

ありがたいことに、糸もはさみも使わない。

そこで、当方も、取り寄せてみた!

washio

kutsushitagomu

なんと!

マスク一枚分ぐらいかなと思っていたのだが、

けっこうな本数が入っていてびっくり。

これなら、毎日、洗い替えもできそうだ。

取扱説明書も付いていた。

A面、じゃなくて表。

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こちらはB面、じゃくて裏。

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昭和をテーマにした当サイトらしい柄ということで、

ここは、唐草模様のバンダナの出番だな。

(一応、洒落・・・。)

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唐草模様は、ちゃんと意味があるそうで、
蔓草(つるくさ)の葉や、茎が曲線にからみあっていて、
長寿、繁盛といった意味があり、縁起が良い模様だとのこと。

『蔓』は『まん』とも読めるので、『万』にもつながり、
その模様が帯(おび=たいとも読めるので、『だい』にも近い)

のように長く続いていることから、

『万代』まで一族が続くという願いが込められているとのこと。

昭和のギャグマンガではよく見かけた模様なのだが、
今のご時世では本当に、そんな願をかけたくなる。

それに、この柄を見た人が、クスリ(薬)と笑ってくれれば、

ナチュラルキラー細胞だって活性化されちゃったりなんかしちゃったりしてー

(広川太一郎さんっぽく)

さあ、いってみようかー!

まずは縦に半分に折る。

karakusamoyou02

さらに縦に半分に折り、

ゴムを通す。

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ハンカチ(バンダナ)マスクを横に三等分にパタンパタンと折る。

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これで出来上がり!

着けてみると、

顔とゴムにはさまれて、ハンカチが開いてくることはないようだ。

これで、近場のスーパーやコンビニ、薬局ぐらいは行ける。

防御力を上げたいなら、

オプションでキッチンペーパーを内側に敷くのも良さそう。

karakusamoyou05

わたし マースクー いつまでも マースク

このところ、

令和になってから二年目の世間でのマスクの争奪戦がかまびすしい・・・。

昭和のマスクと言えば、

なんといっても

タイガーマスク

サンダーマスク

仮面ライダー

英語でマスクドライダー 


Masked rider

変身しただけでマスクが付いてくるなんて、仮面ライダーがうらやましい限りだ(?)

ライダーマンは肝心な部分がマスクできていない・・・。

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変身してもマスクの付かない、ライダーマンと私たち普通の人間は、やはりマスクで防衛・・・。


自分の世代だと、欲しくても、どうしても買えないものって、

ガンプラ=

ガンダムのプラモデルでさんざん体験させられたものだったなあ。

プラモが欲しくて、おもちゃ屋に並んでも、なかなか買えなかったという

あんな気持ちを思い出すとは。

嗚呼

早く平穏になりたい!!

2017年のマリリン

スマホのデータを整理しようと
画像の中から
ある車の写真を見つけた。

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赤いBMW 3シリーズ(E46-325i)

この車のかつての持ち主は、

アイドル、

歌手、シンガー、ミュージカル女優と多彩な活動をされた
本田美奈子さん。

生年月日: 1967年7月31日 ~ 死亡: 2005年11月6日

「孤独なハリケーン」
「1986年のマリリン」

「Temptation(誘惑)」

「Oneway Generation」

「ナージャ!!」というアニメの主題歌も歌っていた。
「明日のナージャ」。前作が、おじゃ魔女ドレミちゃん

後番組がプリキュアという人気作品に挟まれて、

知名度が低い、ちょっと不遇な作品だった。

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愛車のBMW

本田美奈子.さんは生前に

自ら運転して事務所や劇場に

通われていました。

ナンバーの「375」は

自分の名前をとって。

MINAKO with WILD CATS時代の

曲名を取って「ジュリア」と

呼んで大切にしていました。

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一時、アイドルとして、低迷していた時期があり、

ロックバンドを結成するも、

それすらも空回りしてしまった時期があったなあ。

傍から見ても、もがいているように見えた・・・。

歌唱力があっても、可愛いアイドルから次のステップに移るのは難しく、

ほぼ同期の、菊池桃子も、ラ・ムーなんてやってたっけ・・・。

菊池桃子も、いまや、母親で、大学の先生でもあり・・・。

本題に戻って

こちらの車は
女性らしくもあり、キュートなルックスに秘めた燃えるような情熱を表すには、
やはり赤なのだろう。

本田美奈子さんのご遺族が、
こちらの車を売却して児童養護施設に寝具を寄贈されたのだとか。

ナンバーが375(ミナコ)

ご遺族の手元から離れて、どなたがオーナーなのかは、分からないが、
こうして、リアルで対面できると、ちょっと身震いしてしまったことを記憶している。

岡田有希子さんのお墓の前でもそうだった。

ご本人はいないはずなのに、
80年代に多感な頃をすごした人間だからこそ感じる、ググーッとくる引力。

80年代中盤、彗星のごとく現れた、歌唱力、ルックスともに抜群の歌手 本田美奈子さん

この名古屋モーターショーは2017年に行ったので、

まさに「2017年のマリリン」!

御母堂の工藤美枝子さんは、現在、
白血病や難病に苦しむ人の支援活動の一環として
NPO法人「リブ・フォー・ライフ美奈子基金」の発起人として活動されている。

リブ・フォー・ライフ美奈子基金

今でも、本田美奈子さんのご母堂は

部屋の掃除を欠かせないし、

着ていたパジャマは10日に一度は洗濯されているのだとか。

こんな私も、微力ながら、年に数回、献血はさせていただいている。

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生きた証なんて大げさではあるが、

どこかで、誰かが、自分の分身を活用してくれて、
エネルギーになってくれていれば、それで充分。

新型車や試作車がメインの展示であるモーターショーの中で、

この車はからは、愛用されていたものだけが放つ格別のオーラが伝わってきた。

新しくもない、特別な改造をされたわけでもない、

しかし、大事にされていたのだろうなという。

行った甲斐のあるショーだった。

なんとなく薄味に

2019年に突入した。

いよいよ平成時代も最後の年となる。

昭和のかおりのする文章を中心に書いているが、

平成すらも終わろうとしている。

さて、昨年末に、大掃除をしていて、要らないものが、多々あることに気づいた。

まずは、靴だ。

昔、名古屋駅の靴屋で買った「MURO」というメキシコ製のローファーブーツ。

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ローファーのハイカット版のようなブーツ。

当時は、ちょっとモードっぽい路線を目指していた気がする。

アニエスベー。トランスコンチネンツあたり・・・。

もう5年は履いた記憶が無い。

というのも、

5年ほど前に学生時代の旧友と再会したときに、このブーツを履いていたのだが、

古臭いと一蹴されてしまったのだ・・・。

自分ではイケているつもりでも、

まったくイケていなかったのだ。

私は自営業で、人と会うことがあまりなく、

傷みが少ない分、物持ちが良い。

輸入品なので、もったいなくて捨てられない。

しかし、こういった奇抜なデザインの靴は、流行り廃りに影響されやすい。

廃った後は、へんてこな靴に見られてしまったのだろう。

そして、パトリックコックスのワナビーというブランドの蛇皮のローファー。


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これは、名古屋のパルコのセールで買ったのだ。

もう25年は履いていないかも・・・。

なんで、こんなぶっ飛んだ靴を買ってしまったのだろう。

「おしゃれは足元から」

とはいうが、いくらなんでも足元が主張しすぎてる。

クラブ(語尾が上がるほう)に、通っていたときのために買ったぽい・・・。

それとは別に、ときどき履いている靴は、

SEBAGO(セバゴ)のローファー(茶色)

REDWING(レッドウイング)のポストマンシューズ(黒)、

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今は、どんな靴が流行っているのか、もう分からないので、

流行り廃りに関係のないだろうポストマンとローファー。

デザインも、レッドウイングの中では、

一番、らしくない外見なので、ゴリゴリと主張しすぎず意外と飽きない。

このポストマンも茶色いローファーも、20年は前に買ったものだ。

このポストマンは万が一、ダメになっても、おかわりしたいくらい馴染んでいる。

デザインは薄め、しかし、作りはしっかり、そして、長持ち。

こういった靴を手入れしながら過ごしていこう。


長く付き合えそう。

これまで、そうとうにいろんな服を着てきた。

ケミカルウォッシュのジーパン、肩パットの入ったダブルのソフトスーツ、

ちょうちん袖のトレーナー、ペイズリー柄のシャツ

ジョッパーパンツ、ツータックのチノパンとか。笑

窮状

昭和40年生まれの世代にとって
歌手 ジュリーこと沢田研二さんの存在は格別なものではないだろうか。


ジュリーは、まさに"スターの中のスター"
ジュリーこそ70年代~80年代の歌謡界の象徴といえる。

歌唱力、声量も抜群にある。

ヒット曲は『勝手にしやがれ』、『サムライ』、『ストリッパー』と多数ある。

しかしながら、その存在は、アイドル的であり、
作られたイメージの世界に住む、ディズニーランドのミッキーマウスのようなポジションだった。

けっしてアイドルが悪いということではない。

人に夢を与えるアイドルは、姿形を変えようとも、いつの時代でも必要な存在であると思う。


その沢田研二さんは"わが窮状"という憲法九条へのラブソングを歌われている。


2008年『ROCK'N ROLL MARCH』というアルバムで、

それも9曲目に収録されているこだわりよう。

作詞が、ジュリー本人ということも驚かされる。

この歌をもって、"アイドル 沢田研二"という立場から、
"人間 沢田研二"になろうと思われたのではないだろうか。

「9条」が「窮状」ということで、
今、日本の憲法が危機に瀕している
「この窮状を救おう」と歌っているのだ。

「変化に気づかないカエルは熱湯の中で死ぬ」

と聴いたことがある。

平和だから、アイドルで居られた。

ジュリー ジューリ~~ あんたの時代は良かったー(笑)

危機感を抱いたから、アイドルという位置から、人間としての立ち位置に換える。


民主党政権から、自民党政権に復権した。

党の政策には「自衛隊から国防軍に変える」という改憲が含まれている。

九条が窮状。

この九条のおかげで、

(この数十年)誰も撃たなくても済んだ。

(この数十年)私たちは守られてきた。



ロック歌手 忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんは、
かつてステージでこんなことを言っていた。

「この国の憲法を知ってる?」

と客席に問いかける。

「戦争をしない、戦争には加担しない。それは、ジョン・レノンの歌のようだ。世界中に自慢したい。」

九条とジョン・レノンの名曲『イマジン』


想像してみよう

天国はない

国境もない

命を奪う武器も

宗教の違いもない


憲法をジョン・レノンの歌と並び讃えるのは、いかにも清志郎さんらしいセンスである。

清志郎さん、ジョンは果たして天国があるのならば、そこから、どんな気持ちで、こちらを見ているのだろうか。


父の形見の~

70年代『鉄人タイガーセブン』という青いタイツを着たトラのマスクをかぶった特撮ヒーロー番組があった。

鉄人28号、タイガーマスク、ウルトラセブンといった人気者の名前を借りてきたような適当なネーミング。


低予算で救いのない暗めのストーリー。

主人公は変身中に子供をはねてしまったり、レーサーの夢を捨てられず戦いを放棄してしまったりと
けっこうハチャメチャで見ているほうが、良い意味でスリリングな展開を味わされる。



そのタイガーセブンの主題歌に「父の形見のペンダント~」とある。


実は、私も、今年の8月に父が満70歳で亡くなってしまった。

そんなわけで、父の形見になった服を着ることがたびたびある。

母が、もう、こんな流行おくれな服なんてと処分しかけたところ、
慌てて、回収した。

たとえば、冬物のツイードのテイラードジャケット。

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2つボタンのカッチリしたつくり。

今のように、冬はダウンジャケットだとか、フリースといった
簡単に寒さをしのげる服がまだない時代。


昔は、洋服は、今ほど流通しておらず、仕立て屋さんに行ってオーダーメイドで注文していたのだそうで、
おそらく60年代あたりに作ったのだろう。

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「テーラートップ」書体がレトロ。


たしかに、サザエさんのなかでも、
サザエさんは、生地を買ってきて、スカートやワンピースを(自分で)作るなんていうシーンがたびたび登場する。


こうした上着は、流行り廃りなどはほとんど気にする必要のない
不動のアイテムなので、進化し続けるハイテク満載の服と違い、
シーラカンスのように進化も退化もしないだろう。

父は恰幅がよく、40代~60代のころ、身長180センチでウエストは92センチはあったので
私が着ると、さすがにブカッとなるが、
ここは、私も、体を大きくすることにしてみる。

もう、縦向きには成長することはできないが、横向きには成長できる。(笑)

といっても、暴飲暴食ではない。

どうするかというと、厚手のセーター、ベスト、ジージャン(デニムジャケット)といった
ボリュームの出る服を中に着るのだ。

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厚手のクルーネックセーター

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生地が堅めのベスト

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デニムジャケット

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ツイードのジャケットは、80年代に流行ったこともあり、
その当時、ジャケットの中にGジャンを合わせる着こなしがあったので、
その着こなしのマイリバイバルといえる。

こうしたジャケットは生地こそ厚いが、Vゾーンが広めで、首元が寒くなるため、
首元の防寒対策にもなる。

そのほかにも、形見の服はいくつかある。

父の仕事は大工だったのだけど、
この年季の入ったドカジャン(土方ジャンパー)は、さすがに着こなすことができないでいる。
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この人のイメージが強すぎるんだよなあ。。。

鬼瓦権造

話題はタイガーセブンに戻り、

タイガーセブンは訳すると(訳さなくてもいいが)「寅七」で、昔なら、居そうな名前だ。

この秋、父の戸籍を除名したりと、役所で手続きしたのだけど、

その際に知ったこと。

父の父、いわゆる祖父の名前は「甚七(じんしち)」

旧名「坪井甚七」

甚七じいさんは、加藤家に養子に入っで、加藤甚七となった。

その加藤家のお父さん。

甚七じいさんから見ると、養子先の父(ややこしい)

の名前は「加藤熊次郎(くまじろう)」

という名前だったと知り、失礼ながら大爆笑してしまった。

曽祖父は熊次郎・・・。

三を足したらクマゴロー・・・。





 

We'll Be Together

私は、ちょっとキレイ目な服装をしたいなってときに
足元はカッチリな革靴ではなくてスニーカーと合わせることが多い。

そのスニーカーでも、あまり見かけないフランスのPATRICK(パトリック)というブランドが好みだ。

このブランドを知るきっかけとなったのが、
80年代に、ミュージシャンのSTING(スティング)がキリンビールのCMで黒いスニーカーを履いていたのだ。


当時、白いキャンバススニーカー(簡単に言うと、いわゆる"ズック靴")しか
履いたことのない片田舎の少年の私が黒いレザーのスニーカー!

それもアメリカ製ではない、おフランス製という点で、とても衝撃を受けたのだ。

後になって、その型をリバプールだということを知る。

パトリックは、フランス製だが、そのモデルにはイギリスの街の名前を付けていたのだ。

スティングはイギリス人なので、浅からぬ因縁があったのかも。

80年代は、コンバース、ナイキ、アディダス、プーマというメジャーなブランドは
田舎のスポーツ店ですぐに買えた。

ベタなところを外したブランドだと、K-SWISS(ケースイス)、Kappa(カッパ)、KAEPA(ケイパ)、FILA(フィラ)、
Reebok(リーボック)、そのリーボックに吸収されたAVIAなんでのもあった。

そのなかでも、パトリックはマニアックすぎて、名古屋では見かけなかった。

ようやく買えるようになったのは20代中盤くらいになってからだ。

入手できてからも、
おお!あのスティングと同じスニーカー。
と悦に浸ったものだった。

スティングは、昔、The Police(ポリス)というロックバンドを結成しており、
「 Every Breath You Take 」邦題「見つめていたい」
(スティングが作曲し、ポリスが演奏した曲。
1983年のアルバム『シンクロニシティー』に収録)


モノクロのプロモーションビデオの大人っぽい佇まいに感化されて
それ以来、存在を知ることになった。

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40代以上の人なら、ほぼ、誰でもメロディは知っているのでは?

ポリスは、その数年後に、活動を休止してしまい、
スティングはソロ活動をするのだが、
1987年リリースのアルバム。
『ナッシング・ライク・ザ・サン』 (Nothing Like the Sun) に

「We'll Be Together」「ウイル・ビー・トゥゲザー」が収録されている。


スティングは
1951年10月2日生まれで、子供の頃に、黄色と黒のボーダーのセーターを愛用していて
蜂を連想させることから、蜂の針(刺す)STINGというニックネームが付けられたそうで、
そのままアーティストネームにしてしまったのだ。

本名は、ゴードン・マシュー・トーマス・サムナー (Gordon Matthew Thomas Sumner)。


スティングは、その後も、映画「LEON」(レオン)でも主題歌「Shape of my heart」を提供しており、
これがまた、ぐっと渋くて泣けるメロディ。


最近では日本のクルマのCMで某ネコ型ロボット役なんてやらされているけど、

かつてのジャン・レノは映画「グラン・ブルー」(Le Grand Bleu)など本当に神がかっていた。

さて、スニーカーに話題が戻るが、
20代に購入して愛用してきたパトリックが、ずいぶんボロボロになってきてしまい
さすがに、貧相に見えてしまうと思い、買い足してみた。
というよりも、買い替えかな?

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フランス製だったパトリックも、今や、日本製になっていた。

98年ごろにフランスから日本に生産拠点を移されたのだとか。

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そのせいもあってか?
なんだか、マジメな作りになっているような気がする。

新旧比較

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現行型のベロ

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「MADE IN FRANCE」が誇らしげな旧型

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「PATRICK」の文字が細め○にRが大きめの旧型

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「PATRICK」の文字が太め ○にRが小さめの現行型

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ソールの色も変わった。

ジーンズの始祖リーバイスも本国 アメリカ生産を辞めてしまったし、
「パトリックお前もか」 という気にならないでもないけど、
本来、モノは退化することはありえないわけで
進化として受け止めようと思う。

それに、まだ同じモノが入手できることはありがたいのかも。

さよならワックス

ヘアムースにさよならした私。

ムースの次に流行ったのはヘアワックスというもの。

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ムースよりもカッチリ決まる。

年配の男性にはおなじみのポマード、グリースとも違うけど、ちょっとセットしやすくなり、
天然パーマにありがちなサイドのボリュームを抑えるのに一役買ってくれた。

とはいえ、私は今やムースと同様に整髪料はほとんど、なにもつけなくなった。

この心理というのは、
若かりし頃って、それこそ、見た目も若造なわけで
大人っぽく見られたいがために、男性化粧品を使いこなすことで
男を演出していたのかもしれないな。

それが、もう、誰が見ても、大人となると、
もうなにもしなくても、大人にしか見えなくなるので、
そういった小道具に頼らなくなっていくのだろうか。

いつか使う日が来るだろうと思いつつも、
結局、使わないまま、5,6年以上はフタを開けていない。

おそらく、10年たっても出番はないだろう。

ムースはガラスを磨くのに使えたけど、
ヘアワックスはどうしたら良いかな?

ワックスだからって、床を磨くにはベタベタしすぎやしないか?

このクリーム感。

ああ、靴磨きのクリームにいいんじゃないの?

ということで、
ヘアワックスは靴磨きに使ってみる。

実験台として、もう、どうなっても良いやっていうバイク用のブーツ。

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これは20年以上前に、南海部品で買ったのだ。

メインイベントの下準備として、

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ジッパー部には油を注して開閉をスムーズに。

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靴底はキリなどで溝にはまった小石やらゴミをほじくりだす。


いらない靴下にワックスをつけてヌリヌリ・・・。

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おお!ブーツに艶が出た。

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これで、あと10年は戦える。(笑)

ということで、ヘアワックスは靴磨き用クリームに転職しましたとさ。(笑)
ここで気がついたことは、
「オシャレは足元から」
というように、
たとえば、急な出張やら、冠婚葬祭などで
ちゃっと(※名古屋弁で「急いで」)身支度をしなければならないときに、
靴だけ磨き忘れてしまい、
それこそ足元を見られたくないなんてときに、
コンビニに駆け込んで靴磨きクリームがあれば良いけど、
もし、なかった場合は、ヘアワックスで応急処置という手もあるだろう。


さよならヘアムース

私が若かりし頃、80年代のヘアスタイルは
ムース(泡)をつけてくるくるドライヤーで整髪することが最先端だった。

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私は、クセ毛の天然パーマなので、
スタイリング力の弱いムースではあまりカチッとかたまらないのだが、
その時代のなかで、流行っているムースを選んでいたのだ。

当時の人気タレントの宣伝するヘアフォームはたくさんあったのだ。

マンダムは松田優作のギャッッビー

カネボウは郷ひろみのザナックス

資生堂はとんねるずのメンズムース

そして、バイクレーサーながら、俳優ばりのイケメン

資生堂TECH21(テックツーワン)の平忠彦さん

「自分は、一等賞が、好きです」

「男をチューンナップしな!」

「男たちへ、アクセル」

「スポーツする男たちへ」

キャッチコピーがストイックな男をうまく表現できていてしびれてしまい。

ヤマハファンってことはないけど、平さんだけには憧れていたものだった。


時は流れて、このところ志向が変わり、
ほとんど髪につけなくなってしまって久しい。

そうなると、タンスならぬ化粧台のこやしとして陣取る使い残しのムースの存在がどうしようもなくなる。

ポイッと捨てるにも、なんだかもったいない。

この、シュワシュワの泡って、何かに似てないか?

ああ、ガラスを拭くときの泡かな?

時期的にも年末だし、大掃除ということで、
ちょっと曇ってる鏡を磨いてみようかな。

ということで、バスルームの鏡を磨いてみた。

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ということで、
BGMは「バスルームから愛をこめて」(笑)

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おお!鏡がキレイになったぞ。


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髪をセットすることはないものの、
役目を終えられたムースよ、お疲れ様でした。

そして、大そうじで自分の部屋からひょっこり出てきた。

平忠彦さんの直筆サインを発掘!!

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これは、地元の大治自動車学校にて、

バイクメーカーのヤマハ主催で新車の試乗会に行ったときに

なんと元GPレーサーの平忠彦さんがゲストでいらしていたときに握手していただいて

いっしょにサインも書いていただいたのだ。

悲願だった鈴鹿8時間耐久レースに6年ごしに優勝できたのが1990年。

サインをいただいたのは2000年。

ちょうど10年後だし、さすがに、田舎の自動車学校なので、鈴鹿8耐のときのように熱烈なファンもいなくて

ほぼ独占状態であれこれ聞けたなあ。

リーバイス501と炎のさだめ

人類は、猿から進化したといわれており、
体を覆っていた毛皮は退化してしまったわけで、
外に出るときには、裸のままでは捕まってしまうので、
何か服を着なくてはならない。

コーディネートに困ったとき、

「とりあえずビール」

という感覚で、ボトムはリーバイス501を選ぶことが多い。

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この世に存在する全てのジーンズの原点がこのリーバイス501。

いまどきフロントボタン。

洗えば縮んでしまう生地。

それこそが501の個性である。

リーバイスのCMに出演していた映画評論家の水野晴郎さんとジョン・ウェイン、パトリック・ウェイン


リーバイス501よりも高いジーンズもあれば、安いジーンズもある。

しかし、それは、このリーバイス501を指標として派生したということであり、
つまり、それ以外のジーンズは「なんちゃってジーンズ」なのである。

金銭的に苦しい学生時代、この原点を履いていることで、
「俺はおしゃれには力は入れないけど、でも、ポリシーはあるぜ」

という存在感を示すことができた。

1848年 アメリカ西海岸でゴールドラッシュが始まり、
ジーンズは、砂金を掘っていると従来のズボンでは
すぐ破れて困るということに着目した1851年にリーヴァイ・ストラウスさんが(リーバイス創業者)が発明した。

この501は、現在でも生産されていて、年代ごとに、仕様がコロコロ変わるので、
マニアの間では、コレクターズアイテムにもなっているようだ。

とはいえ、ジーンズは、もともとは作業服であるので、
私は、そこまで、深入りはせず、現状で入手できるモデルで、どこかの古着屋で安くて適当なサイズがあれば、
買い溜めしておくような服であると思っている。

まだ下ろしたてならば、上にジャケットやポロシャツを合わせれば、ちょっとこぎれいに着こなせる。

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少し色あせてきたら、夏はTシャツ、冬はダウンジャケットと組み合わせてカジュアルに。

そして穴が開いてしまったら日常の作業用の野良着にする。


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大量生産されていつでも手に入る定番。

安く買えて、遠慮なく使えて、目的が果されれば、ポイッと捨てられる。

だけど、存在感は出せる。

もし、リーバイス501をロボットにたとえるならば、
SFアニメ「装甲騎兵ボトムズ」に出てくる。
AT(Armored Trooper アーマード・トルーパー) スコープドッグのようである。

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↑これは、タカラのおもちゃチョロQ風にディフォルメされた『チョロQボトムズ』


ロボット物としても斬新で、いわゆるロボットの目、鼻、口という顔がなく、顔に当たる部分は
三つのカメラレンズのみで構成されている。

ATのスコープドッグは主役機でありながら、武器として大量生産され、
壊れたら直すし、直せなければ躊躇なく捨てられる、もしくは拾う。

そして、乗り手の使い方によってカスタムされるのだ。

これも作業着として機能する501と同じように
ATも戦闘機としてのみ機能すれば、華美な装飾などいらないというストイックさがある。

そんなふうに思いながら、501を履くときは、脳内で「炎のさだめ」がリピート再生されてしまうのだ。

 


なお、501は、アメリカでの生産を終了してしまい、
今では北米地域の生産国はメキシコ、グアテマラ、ドミニカが請け負うようになってしまった。

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「501は本国 アメリカ生産」という図式が、このジーンズのアイデンティティのひとつでもあると思うのだが、

強い者が生き残ったわけではない。
賢い者が生き残ったわけでもない。
変化に対応した者が生き残ったのだ。

チャールズ・ダーウィン『種の起源』

というように、501もまた、これからも変化していくのだろう。

メキシコはアメリカと陸続きであるので、そのスピリッツは受け継がれていかれるものと信じたい。

Blue-Eyed Soul

All That Jazz(オール ザット ジャズ)

Breathe(ブリーズ)


日本ではあまりヒットしなかったんだけど
さわやかなコーラスがキレイで好きだった。

本来、黒人が演奏するであろう、ソウルミュージックを青い目の白人が演奏することから

"ブルーアイドソウル"と呼ばれることがある。

ホール&オーツ、シンプリーレッド
そして、スパンダ-バレエとか好きな方なら気にいると思われる。

わずか、二枚のアルバムを残したのみの彼らの楽曲は、
ほどよくジャズっぽいアレンジをほどこされ
夕暮れの海をドライブしながら聴きたいような気分になる。

リリース当時、カセット版で所有していたのだけど、
どこかに行ってしまった・・・。

CDが出てきたばかりで、CD版がまだ高くて、カセット版を選んだのだけど
CD版で買っておけばよかったかな。

津島市の老舗ジャズ喫茶

津島市のジャズ喫茶『くれよん』

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文化の乏しい津島市で、おいしいコーヒーとジャズをお届けされていらっしゃる素敵なカフェ。

私は、ジャズは詳しくはなくて
マイルス・デイビス、ナット・キング・コール

そして、サッチモことルイ・アームストロングしか知らない。

ルイ・アームストロング、 (Louis Armstrong, 1901年8月4日 - 1971年7月6日)


ということで、私、加藤の誕生日である7月6日がサッチモの命日であり、
こちらから一方的に親近感があるのだ。

おそらく、題名は知らなくても、
「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」は、
昔、ホンダのシビックのCMで使われていたことから、けっこう、ジャズに精通していなくてもリズムを口ずさめるのではないだろうか?


カフェでは、ちょっと斜に構えた雰囲気に浸り、ひとりでお茶を飲み、備え付けの雑誌を読んで
ジャズのLPやEPレコードを管球式アンプで聴く。

ホット一息つくのにうってつけなのだ。

若かりし頃は、けっこうライブを聴きに行ってたのだけど、ご無沙汰気味なので
また、聴きに行ってみようかな。



JAZZ くれよん
  津島市蛭間町 
Tel 0567-25-3272
OPEN 11:30a.m.~9:00p.m.
 (Liveday 11:30a.m.~ライヴ終了時)
木曜定休


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