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ゴジラ ゴジラ ゴジラがホラ出たぞ!

怪獣映画の原点ともいえる1954年制作の『ゴジラ』を見た。

さすがに60年も前の映画だから、見る前は、ちゃちな特撮なのかなと思いきや
白黒であることがかえって迫力があり、
円谷英二氏の特撮技術、伊福部昭氏の音楽が
ゴジラの重厚感をうまく表現されていた。

ゴジラは放射能を吐くと背びれが光るしかけも、当時からあり、とても感慨深かった。

主演の宝田明さんは目鼻立ちがはっきりしたハンサムであり、
現在でも俳優活動をされており、美形の俳優さんは永遠だ。

第二次世界大戦終戦は1945年(昭和20年)。
8月14日にポツダム宣言を受諾し、その翌日の15日に大東亜戦争(太平洋戦争)で
日本の降伏を国民に玉音放送で伝えられ8月15日を「終戦の日」としている。

昭和29年11月公開ということで、
まだ、特撮とか、怪獣映画っていうカテゴリー分けもされていない頃に公開されている。

戦争が終わってから、9年後に公開されているということで、物語の端々に、
まだまだ戦争の爪痕を色濃く残していることを感じさせるセリフが散見される。

「ああ、また疎開か」

"また"である、まだまだ戦後が間近だったのだ。


「せっかく長崎の原爆から逃げられたのに」

"長崎の原爆"これも、原爆の恐怖を見事に表現している。


「もうすぐおとうさんの元にいくのよ」

"おとうさんの元"つまり、戦死された夫のことである。

現代では規制のフィルターに通過できないだろう。

出演者、スタッフのほとんどの方は、戦争を体験されていることだろう、
ゴジラを見る目線が、まるで、空襲を恐れて避難する人々に見えてリアルなのだ。

物語は、人類の進化のための水爆実験が繰り返され、
それが元で、深海で眠っていた恐竜が突然変異を起こし、
ゴジラとしてよみがえり、船、家屋、戦闘機と、目にするものを破壊しまくる。

人々を襲うゴジラだが、それは人類の視点から見た側であり、
自分の棲息している場所の安全を揺るがされるという点では
ゴジラは被害者である。

このような単純明快は勧善懲悪では片付けられないというテーマは、当時からあったのだ。

これは戦争でもそうだが、
敵対国だから、悪ということではなく
戦争自体が悪である。

人類に甚大な被害を及ぼしたゴジラだが、
最後は、原爆や水爆を上回るというオキシジェン・デストロイヤーという
「水中酸素破壊剤」という装置でゴジラは殺されてしまう。

最後に、断末魔の苦しみを見せて、白骨化し消えていくゴジラがなにかを言いたそうに見えたし、
オキシジェン・デストロイヤーを発明した芹沢博士も、自分が生き延びてしまえば、また同じ過ちに利用されてしまうと感じていたのだろう。
自ら命綱を断ちゴジラとともに
死を選択するという心境は、
まさに、原爆や水爆、戦争という人類の間違った欲望の象徴であり、
同じ失敗を繰り返してはならないというテーマを感じさせられた。


映画『生きる』で有名な俳優 志村喬さんの「あれが最後のゴジラとは思えない」
というセリフで締められるが、そのあとのゴジラは、そのとおり、シリーズ化され
こども向けのヒーローとなる。

私がこどものころ、親に連れられて『キングコング対ゴジラ』を見た記憶がある。

たしか、"東宝チャンピオンまつり"という、他のアニメなどの同時上映された映画のひとつだった。
それも、上映中の途中から見たものであり、小ささすぎて、よくおぼえてない。

そして、反戦、反核というテーマのない大衆に迎合したゴジラは、当のこどもが見ても、"こどもだまし"にしか感じられなくなってしまった。

どちらかというと私は、自分も変身できるのでは?と思わせてくれる等身大ヒーローのほうに夢中になり
特撮から、アニメ、成人するにつれて、そのどちらも見なくなっていき
ほとんど、ゴジラを見ることがないまま、ここまで来てしまった。

そう考えると、昭和の後期版のゴジラは、有名な割には受け入れられる対象が狭かったのではと思える。

しかし、今、もしゴジラが出るならば、長引く不況、閉塞感、まちがいだらけの政治がまかり通っている国会議事堂を破壊してくれないかなあ。

おとなになり、ヒーローになれないと分かると、怒りに任せて暴れまわり、人類に警鐘を鳴らす必要悪の権化、ゴジラが恋しくなってくる。


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