2012年12月アーカイブ

昭和40年生まれの世代にとって
歌手 ジュリーこと沢田研二さんの存在は格別なものではないだろうか。


ジュリーは、まさに"スターの中のスター"
ジュリーこそ70年代~80年代の歌謡界の象徴といえる。

歌唱力、声量も抜群にある。

ヒット曲は『勝手にしやがれ』、『サムライ』、『ストリッパー』と多数ある。

しかしながら、その存在は、アイドル的であり、
作られたイメージの世界に住む、ディズニーランドのミッキーマウスのようなポジションだった。

けっしてアイドルが悪いということではない。

人に夢を与えるアイドルは、姿形を変えようとも、いつの時代でも必要な存在であると思う。


その沢田研二さんは"わが窮状"という憲法九条へのラブソングを歌われている。


2008年『ROCK'N ROLL MARCH』というアルバムで、

それも9曲目に収録されているこだわりよう。

作詞が、ジュリー本人ということも驚かされる。

この歌をもって、"アイドル 沢田研二"という立場から、
"人間 沢田研二"になろうと思われたのではないだろうか。

「9条」が「窮状」ということで、
今、日本の憲法が危機に瀕している
「この窮状を救おう」と歌っているのだ。

「変化に気づかないカエルは熱湯の中で死ぬ」

と聴いたことがある。

平和だから、アイドルで居られた。

ジュリー ジューリ~~ あんたの時代は良かったー(笑)

危機感を抱いたから、アイドルという位置から、人間としての立ち位置に換える。


民主党政権から、自民党政権に復権した。

党の政策には「自衛隊から国防軍に変える」という改憲が含まれている。

九条が窮状。

この九条のおかげで、

(この数十年)誰も撃たなくても済んだ。

(この数十年)私たちは守られてきた。



ロック歌手 忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんは、
かつてステージでこんなことを言っていた。

「この国の憲法を知ってる?」

と客席に問いかける。

「戦争をしない、戦争には加担しない。それは、ジョン・レノンの歌のようだ。世界中に自慢したい。」

九条とジョン・レノンの名曲『イマジン』


想像してみよう

天国はない

国境もない

命を奪う武器も

宗教の違いもない


憲法をジョン・レノンの歌と並び讃えるのは、いかにも清志郎さんらしいセンスである。

清志郎さん、ジョンは果たして天国があるのならば、そこから、どんな気持ちで、こちらを見ているのだろうか。


70年代『鉄人タイガーセブン』という青いタイツを着たトラのマスクをかぶった特撮ヒーロー番組があった。

鉄人28号、タイガーマスク、ウルトラセブンといった人気者の名前を借りてきたような適当なネーミング。


低予算で救いのない暗めのストーリー。

主人公は変身中に子供をはねてしまったり、レーサーの夢を捨てられず戦いを放棄してしまったりと
けっこうハチャメチャで見ているほうが、良い意味でスリリングな展開を味わされる。



そのタイガーセブンの主題歌に「父の形見のペンダント~」とある。


実は、私も、今年の8月に父が満70歳で亡くなってしまった。

そんなわけで、父の形見になった服を着ることがたびたびある。

母が、もう、こんな流行おくれな服なんてと処分しかけたところ、
慌てて、回収した。

たとえば、冬物のツイードのテイラードジャケット。

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2つボタンのカッチリしたつくり。

今のように、冬はダウンジャケットだとか、フリースといった
簡単に寒さをしのげる服がまだない時代。


昔は、洋服は、今ほど流通しておらず、仕立て屋さんに行ってオーダーメイドで注文していたのだそうで、
おそらく60年代あたりに作ったのだろう。

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「テーラートップ」書体がレトロ。


たしかに、サザエさんのなかでも、
サザエさんは、生地を買ってきて、スカートやワンピースを(自分で)作るなんていうシーンがたびたび登場する。


こうした上着は、流行り廃りなどはほとんど気にする必要のない
不動のアイテムなので、進化し続けるハイテク満載の服と違い、
シーラカンスのように進化も退化もしないだろう。

父は恰幅がよく、40代~60代のころ、身長180センチでウエストは92センチはあったので
私が着ると、さすがにブカッとなるが、
ここは、私も、体を大きくすることにしてみる。

もう、縦向きには成長することはできないが、横向きには成長できる。(笑)

といっても、暴飲暴食ではない。

どうするかというと、厚手のセーター、ベスト、ジージャン(デニムジャケット)といった
ボリュームの出る服を中に着るのだ。

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厚手のクルーネックセーター

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生地が堅めのベスト

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デニムジャケット

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ツイードのジャケットは、80年代に流行ったこともあり、
その当時、ジャケットの中にGジャンを合わせる着こなしがあったので、
その着こなしのマイリバイバルといえる。

こうしたジャケットは生地こそ厚いが、Vゾーンが広めで、首元が寒くなるため、
首元の防寒対策にもなる。

そのほかにも、形見の服はいくつかある。

父の仕事は大工だったのだけど、
この年季の入ったドカジャン(土方ジャンパー)は、さすがに着こなすことができないでいる。
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この人のイメージが強すぎるんだよなあ。。。

鬼瓦権造

話題はタイガーセブンに戻り、

タイガーセブンは訳すると(訳さなくてもいいが)「寅七」で、昔なら、居そうな名前だ。

この秋、父の戸籍を除名したりと、役所で手続きしたのだけど、

その際に知ったこと。

父の父、いわゆる祖父の名前は「甚七(じんしち)」

旧名「坪井甚七」

甚七じいさんは、加藤家に養子に入っで、加藤甚七となった。

その加藤家のお父さん。

甚七じいさんから見ると、養子先の父(ややこしい)

の名前は「加藤熊次郎(くまじろう)」

という名前だったと知り、失礼ながら大爆笑してしまった。

曽祖父は熊次郎・・・。

三を足したらクマゴロー・・・。





 

私は、ちょっとキレイ目な服装をしたいなってときに
足元はカッチリな革靴ではなくてスニーカーと合わせることが多い。

そのスニーカーでも、あまり見かけないフランスのPATRICK(パトリック)というブランドが好みだ。

このブランドを知るきっかけとなったのが、
80年代に、ミュージシャンのSTING(スティング)がキリンビールのCMで黒いスニーカーを履いていたのだ。


当時、白いキャンバススニーカー(簡単に言うと、いわゆる"ズック靴")しか
履いたことのない片田舎の少年の私が黒いレザーのスニーカー!

それもアメリカ製ではない、おフランス製という点で、とても衝撃を受けたのだ。

後になって、その型をリバプールだということを知る。

パトリックは、フランス製だが、そのモデルにはイギリスの街の名前を付けていたのだ。

スティングはイギリス人なので、浅からぬ因縁があったのかも。

80年代は、コンバース、ナイキ、アディダス、プーマというメジャーなブランドは
田舎のスポーツ店ですぐに買えた。

ベタなところを外したブランドだと、K-SWISS(ケースイス)、Kappa(カッパ)、KAEPA(ケイパ)、FILA(フィラ)、
Reebok(リーボック)、そのリーボックに吸収されたAVIAなんでのもあった。

そのなかでも、パトリックはマニアックすぎて、名古屋では見かけなかった。

ようやく買えるようになったのは20代中盤くらいになってからだ。

入手できてからも、
おお!あのスティングと同じスニーカー。
と悦に浸ったものだった。

スティングは、昔、The Police(ポリス)というロックバンドを結成しており、
「 Every Breath You Take 」邦題「見つめていたい」
(スティングが作曲し、ポリスが演奏した曲。
1983年のアルバム『シンクロニシティー』に収録)


モノクロのプロモーションビデオの大人っぽい佇まいに感化されて
それ以来、存在を知ることになった。

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40代以上の人なら、ほぼ、誰でもメロディは知っているのでは?

ポリスは、その数年後に、活動を休止してしまい、
スティングはソロ活動をするのだが、
1987年リリースのアルバム。
『ナッシング・ライク・ザ・サン』 (Nothing Like the Sun) に

「We'll Be Together」「ウイル・ビー・トゥゲザー」が収録されている。


スティングは
1951年10月2日生まれで、子供の頃に、黄色と黒のボーダーのセーターを愛用していて
蜂を連想させることから、蜂の針(刺す)STINGというニックネームが付けられたそうで、
そのままアーティストネームにしてしまったのだ。

本名は、ゴードン・マシュー・トーマス・サムナー (Gordon Matthew Thomas Sumner)。


スティングは、その後も、映画「LEON」(レオン)でも主題歌「Shape of my heart」を提供しており、
これがまた、ぐっと渋くて泣けるメロディ。


最近では日本のクルマのCMで某ネコ型ロボット役なんてやらされているけど、

かつてのジャン・レノは映画「グラン・ブルー」(Le Grand Bleu)など本当に神がかっていた。

さて、スニーカーに話題が戻るが、
20代に購入して愛用してきたパトリックが、ずいぶんボロボロになってきてしまい
さすがに、貧相に見えてしまうと思い、買い足してみた。
というよりも、買い替えかな?

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フランス製だったパトリックも、今や、日本製になっていた。

98年ごろにフランスから日本に生産拠点を移されたのだとか。

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そのせいもあってか?
なんだか、マジメな作りになっているような気がする。

新旧比較

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現行型のベロ

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「MADE IN FRANCE」が誇らしげな旧型

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「PATRICK」の文字が細め○にRが大きめの旧型

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「PATRICK」の文字が太め ○にRが小さめの現行型

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ソールの色も変わった。

ジーンズの始祖リーバイスも本国 アメリカ生産を辞めてしまったし、
「パトリックお前もか」 という気にならないでもないけど、
本来、モノは退化することはありえないわけで
進化として受け止めようと思う。

それに、まだ同じモノが入手できることはありがたいのかも。

ヘアムースにさよならした私。

ムースの次に流行ったのはヘアワックスというもの。

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ムースよりもカッチリ決まる。

年配の男性にはおなじみのポマード、グリースとも違うけど、ちょっとセットしやすくなり、
天然パーマにありがちなサイドのボリュームを抑えるのに一役買ってくれた。

とはいえ、私は今やムースと同様に整髪料はほとんど、なにもつけなくなった。

この心理というのは、
若かりし頃って、それこそ、見た目も若造なわけで
大人っぽく見られたいがために、男性化粧品を使いこなすことで
男を演出していたのかもしれないな。

それが、もう、誰が見ても、大人となると、
もうなにもしなくても、大人にしか見えなくなるので、
そういった小道具に頼らなくなっていくのだろうか。

いつか使う日が来るだろうと思いつつも、
結局、使わないまま、5,6年以上はフタを開けていない。

おそらく、10年たっても出番はないだろう。

ムースはガラスを磨くのに使えたけど、
ヘアワックスはどうしたら良いかな?

ワックスだからって、床を磨くにはベタベタしすぎやしないか?

このクリーム感。

ああ、靴磨きのクリームにいいんじゃないの?

ということで、
ヘアワックスは靴磨きに使ってみる。

実験台として、もう、どうなっても良いやっていうバイク用のブーツ。

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これは20年以上前に、南海部品で買ったのだ。

メインイベントの下準備として、

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ジッパー部には油を注して開閉をスムーズに。

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靴底はキリなどで溝にはまった小石やらゴミをほじくりだす。


いらない靴下にワックスをつけてヌリヌリ・・・。

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おお!ブーツに艶が出た。

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これで、あと10年は戦える。(笑)

ということで、ヘアワックスは靴磨き用クリームに転職しましたとさ。(笑)
ここで気がついたことは、
「オシャレは足元から」
というように、
たとえば、急な出張やら、冠婚葬祭などで
ちゃっと(※名古屋弁で「急いで」)身支度をしなければならないときに、
靴だけ磨き忘れてしまい、
それこそ足元を見られたくないなんてときに、
コンビニに駆け込んで靴磨きクリームがあれば良いけど、
もし、なかった場合は、ヘアワックスで応急処置という手もあるだろう。


私が若かりし頃、80年代のヘアスタイルは
ムース(泡)をつけてくるくるドライヤーで整髪することが最先端だった。

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私は、クセ毛の天然パーマなので、
スタイリング力の弱いムースではあまりカチッとかたまらないのだが、
その時代のなかで、流行っているムースを選んでいたのだ。

当時の人気タレントの宣伝するヘアフォームはたくさんあったのだ。

マンダムは松田優作のギャッッビー

カネボウは郷ひろみのザナックス

資生堂はとんねるずのメンズムース

そして、バイクレーサーながら、俳優ばりのイケメン

資生堂TECH21(テックツーワン)の平忠彦さん

「自分は、一等賞が、好きです」

「男をチューンナップしな!」

「男たちへ、アクセル」

「スポーツする男たちへ」

キャッチコピーがストイックな男をうまく表現できていてしびれてしまい。

ヤマハファンってことはないけど、平さんだけには憧れていたものだった。


時は流れて、このところ志向が変わり、
ほとんど髪につけなくなってしまって久しい。

そうなると、タンスならぬ化粧台のこやしとして陣取る使い残しのムースの存在がどうしようもなくなる。

ポイッと捨てるにも、なんだかもったいない。

この、シュワシュワの泡って、何かに似てないか?

ああ、ガラスを拭くときの泡かな?

時期的にも年末だし、大掃除ということで、
ちょっと曇ってる鏡を磨いてみようかな。

ということで、バスルームの鏡を磨いてみた。

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ということで、
BGMは「バスルームから愛をこめて」(笑)

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おお!鏡がキレイになったぞ。


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髪をセットすることはないものの、
役目を終えられたムースよ、お疲れ様でした。

そして、大そうじで自分の部屋からひょっこり出てきた。

平忠彦さんの直筆サインを発掘!!

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これは、地元の大治自動車学校にて、

バイクメーカーのヤマハ主催で新車の試乗会に行ったときに

なんと元GPレーサーの平忠彦さんがゲストでいらしていたときに握手していただいて

いっしょにサインも書いていただいたのだ。

悲願だった鈴鹿8時間耐久レースに6年ごしに優勝できたのが1990年。

サインをいただいたのは2000年。

ちょうど10年後だし、さすがに、田舎の自動車学校なので、鈴鹿8耐のときのように熱烈なファンもいなくて

ほぼ独占状態であれこれ聞けたなあ。

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