2012年9月アーカイブ

愛知県の津島市にある喫茶店「機石荘(きせきそう)

機石荘

入口が、蔵の入り口であり、初心者には敷居が高い。


こちらは庭がとても手入れが行き届いていて、
国の指定文化財の古民家を利用された紅茶の専門店である。

機石荘
手入れの行き届いた庭

機石荘


機石荘

伊藤新毛織株式会社 伊藤新左衞門氏の像

機石荘

毛織=ウールで羊だろうか?
「さわってごらんウールだよ」なんていうCMもあったものだ。

津島市は、かつて毛織業がさかんだったことで
織物を作る機械が"ガチャン"と動くごとに万の金が動くといわれたことから
「ガチャマン景気
と呼ばれ、栄華を極めていた。


紅茶の命は香りということで、
オススメの紅茶の茶葉の数種類の香りを、体験をさせてもらえる。

お店も見事であるので、お茶のお値段も見事である。

機石荘
前茶 スイカと白桃とキウイのブレンドで香りは甘くさわやかな味わい

機石荘

夏摘みのダージリンティ、ピーチティーのジュレ(ゼリー)


ふだんはビジネスの打ち合わせなどはフリードリンクのファミレスで済ませているが、
ここはお一人様で行っても、落ち着ける空間が広がる。

店内はすべて女性の客で埋められており、私のような男性は珍しいかもしれない。

自分の住んでいる町って、つい近すぎて見過ごしているのだろうが、
田舎なのも幸いしてか、戦災も少なく昔ながらの建造物も残っており、
けっこう、津島市ってやすらげるスポットが多いといえる。

小学生の頃、給食の献立(メニュー)で楽しみだったのが、インスタントコーヒーと砂糖を小さなパックに包装された、「ミルメーク」というコーヒー牛乳の素だった。
今夜(ブログを読まれる方は夜が多いような気がするので・・・)はミルクで作る(メイク)ミルメークについて、

瓶入りの牛乳を開けてそのままミルメークの素を入れるとあふれてしまうので少しストレート(?)の牛乳を飲んでから粉を入れ、そして紙のフタをかぶせて数回、瓶を振って飲むのだ。

瓶の底にちょっと溶け残ってしまうコーヒーのおかげで、底に近づくほど味が濃い目になっていく。

ミルメークは、大島食品工業が、昭和42年に開発した学校給食向けミルク用粉末飲料なのだそうで牛乳嫌いのこどものために、少しでも飲みやすくしようとして工夫された商品なのだとか。

大島食品は名古屋市の守山区に会社があり、こちらも可能であれば見学できたら面白いかもしれない。

そんなミルメークを近所の100円ショップ、ダイソーで発見!

ミルメーク

ややパッケージも変わり、コーヒー以外にも、イチゴ、バナナ、メロン、ココア、抹茶と仲間も増えていることに驚いた。



今では、豆にこだわるほど詳しくはないがコーヒーはブラックで飲むし、ウイスキーもビールも飲むようになったものの、ふとしたきっかけで昔、味わった飲み物や食べ物は、いい年になってもなぜだか、また飲みたくなってしまう。

そして、小学生というものは、無駄に特技とか負けず嫌いにこだわる世代であり、男子同士でにらめっこしながら牛乳を飲んだり、牛乳の一気飲みの早さ競争をしたりした。

そんなバトルの最中に牛乳を机や床にこぼしてしまって、雑巾で拭くのだが、床は牛乳でピカピカになるのに、雑巾はやたら臭くなってしまったりしたものだった。

私は、近所に、小学校のときに算数を教えてくださった先生がお住まいなのだが、
30数年ぶりに再会する機会を得られた。

その際に、「なんでも残さずに食べること」という教えを受けたので、それからはなんでも食べられるように努力しましたと話し、ダイソーで買い置きしていたミルメークを見せて、
「先生、良かったら飲んでみませんか?」と持ちかけたのだが、
「私、牛乳は嫌いなの~」
とあっさり却下された。

当時は鼻をつまみながら、半泣きになりつつも完食した。

それほどまでに苦しい思いをしながら、トマトやチーズ(今では好物になった)という、こどもなりにクセのある食べ物を食べた、あの努力はいったい・・・。
と、がっかりしてしまった。

年配の方(先生は80代)は、給食で、アメリカから無償で支給された脱脂粉乳(粉ミルク)を出されたことが多いようで、
とても飲みにくかったらしく、
それが元で牛乳嫌いの世代もあるようだ。



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