2012年8月アーカイブ

明治~大正~昭和のころ、田舎であちこち見ることができたホーロー看板。

名古屋市緑区にある『ホーロー看板館』

ホーロー看板館

博物館の入り口


館長の佐藤さんは、ご自分で経営されていた印刷工場の壁に
ホーロー看板を飾っていたところ、
どんどんコレクションが増えていく。

ホーロー看板館


館長 佐藤さん

ホーロー看板館

ルー大柴さんとのツーショット


中には、今でも、それほど変わらないロゴマークもあれば、
ガラッとデザインの変わったものもある。

昭和懐古ブームもあり、
全国各地でも催事用に貸し出したりしているとのこと。

見学者も遠方からはるばる来られるという。

お話好きの館長 佐藤さんは、昭和の面白かった時代を謳歌された方であり
飛行機、船舶、自動車、オートバイ、乗馬、ボーイスカウト、海外旅行と多彩な趣味をお持ちである。

5歳の頃から収集癖があり、筋金入りのお宝の審美眼は抜群である。

こうしたコレクションを、
母親は捨てようとしていたところを止めさせていたという。

ホーロー看板以外にも、レアなおもちゃも多く、おもちゃだけでも本を何冊も出版されている。

これだけの資料性の高い博物館でありながら入場無料。

桶狭間の合戦で有名な桶狭間の信号の近くにあり、
興味を持たれた方は訪ねてみるといいだろう。

コレクションの一点、一点に薀蓄があるので、
あらゆる世代にマッチすることだろう。

たとえば、不二家のキャラクターはペコちゃん、ポコちゃんの不動の存在だとばかり思っていたが、
初期はアメコミのポパイが務めていたそうで、
あまり知られていないトリビアがぽんぽん聴ける。

断捨離(だんしゃり)というモノを捨てたり、てばなすという思想があるが、
こちらは正反対である。

ただ、事情により処分しなくてはならなくなった場合など、
こちらに寄贈するのも良いだろう。


住所:名古屋市緑区有松町橋東南2-20

TEL:052-623-2777

要予約:一時間前後解説つき

料金:無料

ホーロー看板館

発売されたばかりのテレビ

ホーロー看板館

ブリキの代用として使われたバドワイザーの缶で作られた収納箱

ホーロー看板館

ダッコちゃん、サザエさん、フクちゃん

ホーロー看板館
幕末のころの招き猫

ホーロー看板館

「ハヤシもあるでよー」でおなじみ
名古屋の人気コメデイアン、南利明さん

ホーロー看板館

ジャンボジェットのおもちゃ

ホーロー看板館
味の素の缶

ホーロー看板館
戦中と戦後をまたいだ定期券

ホーロー看板館
アメリカ製のネスカフェ

ホーロー看板館
進駐軍が持ち込んだバドワイザー

ホーロー看板館
トヨタ2000GTのおもちゃ

ホーロー看板館

なめんなよ!のなめネコ

ホーロー看板館

石原裕次郎の表札

ホーロー看板館
駅の看板

ホーロー看板館
ノーパン喫茶の立て看板とあやしげなおとなのおもちゃのガチャガチャ

ホーロー看板館
コレクションから生まれた本

ホーロー看板館
幻のヒーロー番組 突撃!ヒューマン

ホーロー看板館
資生堂チェイン

ホーロー看板館
ボンカレーの看板

ホーロー看板館
ウィルキンソンは今もデザインが変わらず

ホーロー看板館
ルート66の看板

ホーロー看板館

右から左に読む看板が多い

ホーロー看板館

由美かおるのアース渦巻、水原弘のハイアース

ちあきなおみさんのバージョンでもおなじみの黄昏のビギン

ホーロー看板館

館長の記念品



愛知県の津島市は、私の地元である。

地元の名所である津島神社のすぐ近くに
『まのや ToiToi』というカフェがある。

まのや


かつて津島市は、
「観光都市」として、「繊維の街」として栄えたのだが、
交通手段の発達から、街に泊まらずとも、日帰りで立ち寄れるようになったこと。

繊維も安い外国産の物が流通するようになったこと。

さまざまな要因から
徐々に斜陽の道を進み、今では名古屋のベッドタウンとして、その命脈を保っている。

そこで、まのやさんは、もう旅館としては使われなくなった昭和初期に建てられた家屋をカフェとして活用されている。

まのや


お店の前には、古めのアメリカのスポーツカーが鎮座している。

まのや



中に入ると、まるで、小学校の頃に読んだポプラ社の少年探偵団シリーズの舞台に迷い込んだような
なつかしい気分が満喫できる。

まのや

まのや


メニューの中では
チコリのカフェオレのお菓子付きがオススメ。

海外から買い付けられた雑貨、自由に読める本に囲まれた落ち着いたたたずまい。

まのや



せっかちな日常から開放されるかのように、ゆったりとした空間が広がり、何時間でも居たくなる。

近すぎて気づかなかった。

地元にもこんな素敵な場所があったのだ。


津島市祢宜町43番地

0567-26-2217

HP http://toi-toi.net/

不定休なので、行きたい日の前日に、あらかじめ確認を取られるとよいだろう。

愛知県北名古屋市に『歴史民俗資料館』という施設がある。

現在は合併して北名古屋市となり、

かつては『師勝町歴史民俗資料館』という名称だった。
昭和日常博物館(しょうわにちじょうはくぶつかん)とも呼ばれている。

まるで高度経済成長期の気運に満ち溢れていた日本の昭和30年代の空気を閉じ込めたようで、
私としては、世代的には違うものの、
薄れゆく古き良き時代を体感することができる。

開館されたころは、一般家屋の改築などで不要となった農器具、生活用品などを
寄贈されて展示していたとのこと。

それを、平成5年に昭和時代の文化を後世に伝えるために
当時の日用品を展示した特別展を開催したところ好評だったため、
そこから方針を変えて、昭和をテーマにした博物館として生まれ変わる。

歴史民俗資料館

円筒型の郵便ポスト


歴史民俗資料館

ウルトラマン、ウルトラセブン、ゴジラのソフビ人形

歴史民俗資料館
日光写真

歴史民俗資料館

ローラーで絞る洗濯機、これでボタンが割れてしまうことがほとんど。

歴史民俗資料館

重くて大きなおとな用の自転車、体の小さなこどもは三角乗りをしてしのいだ。

歴史民俗資料館
戦後の大スター 石原裕次郎

歴史民俗資料館
今でも、一部の料亭で愛用されている木の冷蔵庫

歴史民俗資料館

1950年代の海水浴の広告

歴史民俗資料館

キリンビールの瓶

歴史民俗資料館
臨海学校の写真


歴史民俗資料館

お米屋さんで買うジュース"プラッシー"

歴史民俗資料館
グリコの牛乳箱

歴史民俗資料館
ビートルズの「Abbey Road(アビーロード)」のLPアルバム

歴史民俗資料館
明治牛乳の牛乳箱と紙のフタ

歴史民俗資料館
森永、雪印の粉ミルク缶

歴史民俗資料館

ほとんど、現状のデザインと変わらないネスカフェとクリープのラベルの意匠

歴史民俗資料館
森永のキャラメル

歴史民俗資料館
ぼくもあたしもふりかけ

歴史民俗資料館

レトロな目覚まし時計



それが、今にも続く昭和レトロブームの一翼を担う存在となる。


こちらの民俗資料館は、懐かしいものを展示することで
お年寄りの世代に向けての「回想法」として活用しているという。

自分の全盛期に影響を受けたモノという存在は絶大であり、
当時のキラキラしていた自分を記憶の中から引き出すことで
脳の活性化を図れるそうだ。

難しいことはさておき、
この博物館は年間4万人もの来場者が訪れるほどの観光スポット、"回想法のまち北名古屋"のランドマークとして愛されている。
入場料も無料なので、行ける機会があれば、ぜひともお立ち寄りしてみてはいかがだろうか。

〒481-8588
愛知県北名古屋市熊之庄御榊53
TEL 0568-25-3600 FAX 0568-25-3602
開館時間     午前9時~午後5時
休館日     ・毎週月曜日
(ただし祝日のときは開館し、その日後の最初の休日でない日)
・館内整理日
毎月末日
(ただし、日曜日又は月曜日のときはその日後の最初の休日又は休館日でない日)
・特別整理期間
・年末年始(12月28日~1月4日)



今回は、ブログ開設から初の外出しての記事となる。

その記念すべき場所は
岐阜県海津市平田町にあるお千代保稲荷神社(おちょぼいなりじんじゃ)
通称"おちょぼさん"

お千代保稲荷神社



名古屋から一時間前後で行くことができることから、
岐阜という感覚がなく、名古屋の施設のような気分になる。

参道を歩くと、平日でも縁日の屋台に居るようなたたずまい。

おちょぼさん


おちょぼさんは、まるで昭和40年代から進化することを止めてしまったかのように
なつかしい雰囲気がただよっている。

鳥居をくぐるとすぐに手水舎があり、ここで手を清める。

神社の境内に入り、入口左手にある売店で油揚げと蝋燭を購入するので、
さきほど、洗った手もすぐ油でベタベタになるのはご愛嬌。

「なんで、油揚げとろうそく?」と疑問に思ったことは一度もなく、
こどものころから、ずーっと、おちょぼさんとはそういうところだと思ってきた。

とにかく、油揚げとろうそくのセットなのだ。

セットで30円。

おそらく、私がこどもの頃に親に連れて行かれた頃から、まったく値上げしていないんじゃないだろうか?

油揚げは、三角形で藁が通されており、油揚げに直接、手を触れることなく
藁をつかんで売店のオバちゃんから受け取る。

少し進むと、ロウソクを立てるための八角堂があり、
そこの献灯所に、びっしりとロウソクが立てられている。

「ちょっくら、すみませんよ」

と心の中で言い、火が消えてしまったロウソクを除けさせてもらって、
自分のロウソクを、他の火がついているロウソクから火をもらい
ロウソク立てに挿すのだ。

そして、本殿にて、参拝となるのだが、
さきほどの三角形の油揚げとお賽銭を喜捨する。

商売繁盛や家内安全にご利益があるとされており、
至るところに、会社経営者、自営業者などの名刺がはさみこまれている点が、
「ああ、商売の神様なのだなあ」と感じさせられる。

名刺



他の神社のように、お守りも、お札もない。

ただ、本人が来たよという目印として名刺を挿す込んで足跡を残すような、
犬のマーキングのような気分になる。

おちょぼさんは稲荷なので狐なのだが、
同じイヌ科なので、ある意味、似ているともいえる。

その反対では、おみくじを引けるようになっている。

おちょぼさんのおみくし



円柱形の銀の筒からガラガラ振って
番号が刻印されている棒を出して壁面に書かれている番号で
運勢を見る。

おみくじ



紙のおみくじではないのでエコロジー。

願いがかなうかづかが分かる重軽石もある。

おちょぼさん


参拝が終わり、境内を見渡すと、
ちょっと奥まったところに社務所があり、
先ほど喜捨した油揚げをビニールに小分けした箱がある。

一家族で二袋までという制限があるものの、自由に持ち帰ることができる

おさがりの油揚げ



そのため、裏技として、スーパーでもらえる白いビニール袋を持参しておくと良いだろう。

私は、人ごみを避けたいので平日に訪ねたのだが、
おそらく、土日、祝祭日は油揚げのおすそ分けにありつけないかもしれない。

参拝を済ませたあとは、おたのしみのおちょぼならではのB級グルメを堪能する。


・土手味噌

・串カツ

・なまずの蒲焼き

・モロコの押し寿司

・草餅

・大学イモ

といった、中京地方にお住まいの方なら一度は口にしたことがあるかと思われるソウルフードが食べられる。

今回は、玉家さんにて、串カツとどてをいただいた。

キャベツはお替り自由。

土手味噌と串カツ


こちらのお店はテレビで紹介されることも多いそうで、近々、秘密のケンミンSHOWでも採り上げられるとか。

家には草餅をお土産にした。

草餅


草餅は、できれば早めに食べたいところ。

日持ちしないため夏場は特に注意しないとならないのだが、冷凍庫で凍らせておけば大丈夫。

食べたいときにじっくりと室温で解凍しよう。



こんなふうに、おちょぼさんは、特別な気分に行くというような気負いもなく
フラリと訪ねたくなるような気軽さで迎えてくれるのだ。


怪獣映画の原点ともいえる1954年制作の『ゴジラ』を見た。

さすがに60年も前の映画だから、見る前は、ちゃちな特撮なのかなと思いきや
白黒であることがかえって迫力があり、
円谷英二氏の特撮技術、伊福部昭氏の音楽が
ゴジラの重厚感をうまく表現されていた。

ゴジラは放射能を吐くと背びれが光るしかけも、当時からあり、とても感慨深かった。

主演の宝田明さんは目鼻立ちがはっきりしたハンサムであり、
現在でも俳優活動をされており、美形の俳優さんは永遠だ。

第二次世界大戦終戦は1945年(昭和20年)。
8月14日にポツダム宣言を受諾し、その翌日の15日に大東亜戦争(太平洋戦争)で
日本の降伏を国民に玉音放送で伝えられ8月15日を「終戦の日」としている。

昭和29年11月公開ということで、
まだ、特撮とか、怪獣映画っていうカテゴリー分けもされていない頃に公開されている。

戦争が終わってから、9年後に公開されているということで、物語の端々に、
まだまだ戦争の爪痕を色濃く残していることを感じさせるセリフが散見される。

「ああ、また疎開か」

"また"である、まだまだ戦後が間近だったのだ。


「せっかく長崎の原爆から逃げられたのに」

"長崎の原爆"これも、原爆の恐怖を見事に表現している。


「もうすぐおとうさんの元にいくのよ」

"おとうさんの元"つまり、戦死された夫のことである。

現代では規制のフィルターに通過できないだろう。

出演者、スタッフのほとんどの方は、戦争を体験されていることだろう、
ゴジラを見る目線が、まるで、空襲を恐れて避難する人々に見えてリアルなのだ。

物語は、人類の進化のための水爆実験が繰り返され、
それが元で、深海で眠っていた恐竜が突然変異を起こし、
ゴジラとしてよみがえり、船、家屋、戦闘機と、目にするものを破壊しまくる。

人々を襲うゴジラだが、それは人類の視点から見た側であり、
自分の棲息している場所の安全を揺るがされるという点では
ゴジラは被害者である。

このような単純明快は勧善懲悪では片付けられないというテーマは、当時からあったのだ。

これは戦争でもそうだが、
敵対国だから、悪ということではなく
戦争自体が悪である。

人類に甚大な被害を及ぼしたゴジラだが、
最後は、原爆や水爆を上回るというオキシジェン・デストロイヤーという
「水中酸素破壊剤」という装置でゴジラは殺されてしまう。

最後に、断末魔の苦しみを見せて、白骨化し消えていくゴジラがなにかを言いたそうに見えたし、
オキシジェン・デストロイヤーを発明した芹沢博士も、自分が生き延びてしまえば、また同じ過ちに利用されてしまうと感じていたのだろう。
自ら命綱を断ちゴジラとともに
死を選択するという心境は、
まさに、原爆や水爆、戦争という人類の間違った欲望の象徴であり、
同じ失敗を繰り返してはならないというテーマを感じさせられた。


映画『生きる』で有名な俳優 志村喬さんの「あれが最後のゴジラとは思えない」
というセリフで締められるが、そのあとのゴジラは、そのとおり、シリーズ化され
こども向けのヒーローとなる。

私がこどものころ、親に連れられて『キングコング対ゴジラ』を見た記憶がある。

たしか、"東宝チャンピオンまつり"という、他のアニメなどの同時上映された映画のひとつだった。
それも、上映中の途中から見たものであり、小ささすぎて、よくおぼえてない。

そして、反戦、反核というテーマのない大衆に迎合したゴジラは、当のこどもが見ても、"こどもだまし"にしか感じられなくなってしまった。

どちらかというと私は、自分も変身できるのでは?と思わせてくれる等身大ヒーローのほうに夢中になり
特撮から、アニメ、成人するにつれて、そのどちらも見なくなっていき
ほとんど、ゴジラを見ることがないまま、ここまで来てしまった。

そう考えると、昭和の後期版のゴジラは、有名な割には受け入れられる対象が狭かったのではと思える。

しかし、今、もしゴジラが出るならば、長引く不況、閉塞感、まちがいだらけの政治がまかり通っている国会議事堂を破壊してくれないかなあ。

おとなになり、ヒーローになれないと分かると、怒りに任せて暴れまわり、人類に警鐘を鳴らす必要悪の権化、ゴジラが恋しくなってくる。


小学校5年の国語の教科書に「わらぐつのなかの神様」という物語が載っている。


わらぐつを履くことがかっこ悪いと言う孫娘に
物には何にでも神様が宿っているということを
諭す祖母は、ある物語を孫に話す。

情景が浮かんでくるような展開、
決して派手ではないが、
雪国ならではの、古き良き日本人の良心が垣間見える作品。

数年前、小学生の姪の教科書を見たときに、
ああ、自分のこどもの頃と同じものってまだあるんだなあって
感慨深くなった。

時代は移り変わっても、不変のテーマのようなもの。

物語の登場人物は、じつは祖母であったこと、
できのよくないわらぐつをせっせと買ってくれる若い大工さん。
その正体は祖父だった。

今でもこうした女性と、お近づきになろうという男性も
居ると思う。

ああ、そうか、私はもう30年前に、すでに女性へのアプローチの方法を学んでいたのだな。

・とにかくマメに

・印象を残す

といったところかな。
小学校の頃、給食の合間に
よくかかっていた歌があって

なにぶん、学校の設備だし、質もよくなかったから、
よく聞き取れていないと思うのだが
何だったかなあ?って歌があって
1.「勇気がぼくにささやいた~ ○○○な がんばれとー」


2.「寒くてつらくて こごえそうな  ???? さあ、歌おうよ。みんなで春を待つ歌をー」

このほかにも、たくさんあるはずだけど、なにしろ、もう30年も前のことだから
思い出せない。

それで歌詞を検索してみた!

1は「勇気の歌」

みんなのうたのサイト


アンパンマンでおなじみのやなせたかしさん作詞ということで、
二度ビックリ!

作られたのも、60年代の中盤だったようだ。

こんな古くから、変わらず子供向けの創作をされていたとは恐れ入る。

それで、おそらく、他の歌も「みんなのうた」だったんだと気づくが、
2はいまだに探せず・・・。

そうしたら、他でも探されている方が質問サイトでもいたりして

ああ、同じようなことしている人っているんだなあと思った。

おそらく、古めのみんなのうたのアルバムを買い漁れば
探している歌も見つかるんだろうけど、
Amazonでみんなのうたがアルバムごとに視聴できたら、
気に入ったベストだけ購入できるんだけどなあ。

なんで、こんなことを思い出させられたかというと、
姪が、今どきの給食の時間は、K-POPだとかけっこう自由にかかっているらしいんだとか。

それで、私が小学校の頃は・・・と
昔のことが思い出したのであった。

歌のほかにも、たぶん、童話の朗読もあったような気がする。

断捨離とかって、ちょっと前に、流行ったけど、

もう人生も半分近く来てしまうと、

新しいことよりもむしろ、
記憶を辿って
あれってなんだったっけー?
という過去のかけらを探すほうが多くて
むしろ捨てないでよかったーというものがあったりする。

だから、ブームは、まず疑ってみる。笑

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  • お住まいの地域:愛知県
  • 自己紹介: このマークは文字で構成されています。 お時間のある方は解読してみよう! どうしても分からない人は、ここにヒントがあるよ。

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